
ハチノジ物語・2
ハチノジの生活の場所は、大半が、私たち人間が生活しているところであった。私が住んでいるユースホステルのすぐ前に
「愛宕山公園」という小山がある。春には桜が咲いて賑やかになるが、普段は、人影もまばらな静かな場所。自動車道路を
隔てた平野部には民家が密集し、山側に中学校、東側には役場がならび、すき間をうめるように、小さな畑が点在している。
車の往来もそこそこあり、人の行き来も、村の中では多い方である。又、玄関先に番犬をつないでいる家もあり、野生の
カモシカが生活できる場所には思えず、どうしてこんなところに、と首を傾けてしまう。
ニホンカモシカはウシ科に属する大型の草食動物で、日本の固有種。北海道、沖縄列島を除く本州、四国、九州に生息し、
大半は標高の高い山地帯に分布している。
昭和初期まで全国各地で狩猟され、数が大きく減少して絶滅が懸念された。1934年(昭9)に国の天然期念物に指定
されたが、密猟が絶えず、1955年(昭30)に特別天然期念物に格上げされて、ようやく生息数が回復してきた。
近年、奥山の拡大造林による山の環境変化にともない、生息分布に変化がおこり、人里、畑付近に姿を現わすことも珍しくなくなった。
食性はブナ、ミズナラなど落葉広葉樹林内に生える下草、潅木類で、葉、芽、花などを食べる。春先、ブナ林の下にピンク色
のジュウタンのようにカタクリの花が咲き、惜しげもなく食べ歩くカモシカの姿は、印象深い。また、畑の周りには、ヨモギ、
アザミ、クローバーなどは嗜好性が高い植物が育ち、カモシカが定着しやすい条件が揃っている。
生活スタイルは、雌雄とも独自のナワバリをつくり、生涯そのなかで単独で暮らすのが基本。ナワバリ意識は強く、
力の関係で、追い出しによるナワバリ交代がおきる。

メスは出産、育児をするため、とくにナワバリへの執着心が強いが、オスの場合は、こどもに関する役割分担がなく、
気楽なところがある。極端なことをいうと、食えればいいのである。老齢のオスのカモシカが林道や集落付近で観察できるのは、
ひとつにはこのあたりで、人里でも、追われる敵がいなければ、安泰?に暮らせるのであろう、と私は考えている。
森の中で暮らすはずのカモシカが、これほど長く、深く人の生活圏に入り込んで生活した例はないと思う。ハチノジが、
私たちの世界をどういう風に見て、何を考えて暮らしていたのか、聞けるものなら、聞きたいものであった。
つづく
***************
いそやまたかゆき