「2001年から2002年へ」
21世紀が幕を開けて1年が過ぎた。さまざまな出来事があったが、なかでも「アメリカ同時多発テロ事件」
の衝撃は強く、鮮明な残像が脳裏に焼き付いたまま新しい年を迎えた。
事件後の9月12日、テレビから世界貿易センタービル崩壊の映像が流され続けるなか、ふと、窓の外を見
ると1頭のサルの姿が目にはいった。ハナレザルと思われるそのサルは、畑の脇に座り込んで、棄てられてい
たトウモロコシを拾って食べていた。普段なら「困った奴だ!」と思うのだが、この日は不思議なくらいその
気持ちにならなかった。テレビの中のあまりにも凄まじいビル崩壊の映像を見続け、サルがトウモロコシを食
べているだけの一コマがこの上もない平和的な風景に映った。脇野沢村で14年を過ごしたが、テレビの「風景」
と窓枠の「風景」にこれほどの現実格差を感じたことは、ただの一度もなかった。
2001年はサルやカモシカたちにも変化があった。長く観察していた群れの最長老のメスザル「ツツジ」が
死亡した。牛ノ首地域の主的な存在だった「ムラサキ」と名付けていたメスの二ホンカモシカも死亡した。また、
「つがいの関係」を持っていたオスの「ゲンジ」も同時期に姿を消した。私たち人間社会では「友引」という
言葉があるが、まさかそれに沿ったわけではないだろうが、すでに新しいオスが生活の場としている。しかし
また、新しい歴史もはじまっている。ツツジの最後の忘れ形見の「モミジ」がアカンボウを出産してツツジの
孫を誕生させた。ムラサキの最後のこども「ミドリ」も、母親がいなくなったにも関わらず逞しく生き続け
ている。ちょっと視点の違うところでは、人家侵入を繰り返していたオスザルの「ゴンズイ」に「お仕置き放獣」
が実施された。結果は、私たちが願ったものとは違う方向に働き「隔離収容」せざるを得ない状況になったが、
以後、人家侵入は沈静化した。人家侵入については別のサルも関わっていたはずなのだが、ゴンズイが他の
サルに及ぼす影響力が想像以上に大きかったことの証明にもなり、予期せぬ成果にもなった。
同じ1年間の中でそれぞれの世界でのそれぞれの出来事があった。ただ、前述したように、テレビの風景
と窓枠の風景の格差が広がり、同じ地球上、同じ時間・空間で起きている出来事とは思えない事柄が多くな
った。私たちの考え方が時代と共に変化していることもあると思う。生活環境が快適になればなるほど、
私たちが自然から乖離することにもなろう。私自身、こうやって、サルの姿が見える窓の脇でパソコンを駆使し、
ホームページに情報発信しているのだ。私たちが生活環境を整え、道具を使えば使うほど、森の中で生活し
ている「かれら」と距離が遠くなるのは、当然と言えば当然である。しかし、一旦、森の中に入って、かれら
と同じ時間・空間を持ち始めたら、私もかれらもなく、そこには森の懐に抱かれた「生き物」が存在しているだけである。
2002年、 森の中で、どんな出会いがあるだろう。
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いそやまたかゆき
写真説明:「ツツジ」と「ムラサキ」(右はミドリ)