牛ノ首物語・9
■「ゴンズイ」の場合
1990年の秋、牛ノ首ではじめて「ゴンズイ」に出会った。はじめはハナレザルとして群れに追随していたが、
メスとの交尾関係も積み重ねて、翌年、群れに加入した。
ゴンズイは誰かが悲鳴を上げれば真っ先に駆けつける。弱い相手には強気の威嚇、強いオスが姿を見せれば
さっと身を引く。立ち居振る舞いがうまい。群れの先頭を歩き、畑付近に投棄された屑野菜を真っ先に手に入れ、
食べ物を探して民家周辺や港を歩くことも多くなり、いつしか、目立つサルになりはじめた。
97年、玄関からゴンズイが出てきた。少し前から人家に侵入して果物等を持ち去る苦情が出ていた。まさか
そこまで、と思っていたが、まぎれもない事実を見せつけられた。その後も人家への侵入は増加し、ゴンズイ
を一時捕獲をして「お仕置き」を施して「奥山放獣」する決定打になった。狙いは、人間や場所の恐さを学習
させ、サル自身が人家周辺から離れてくれれば「共生」が可能になるのでは。即捕獲ではなく、僅かでもチャ
ンスがある限り最後まで「共生」を模索し続ける、40年間、脇野沢村が歩み続けてきた道筋でもある。
01年3月、ゴンズイは人家の横に仕掛けられた捕獲オリに入った。村人にお仕置きをお願いした。人家侵
入被害を受けた人が直接ゴンズイに手を加えて、具体的な恐怖を与えなければ意味がなく、効果も薄い。「そ
こまでしなくても…」、「可哀想で出来ない」、「逃がしてやれ」。何度も侵入された人もいるのだが…、参
加者はなかった。やむを得ず、追い上げの巡視員がクマ撃退用の唐辛子スプレーを吹きかけ、オリの扉を開い
た。スプレーを吸い込んだ報道スタッフたちが激しく咳き込んだ。ヨタヨタとふらつきながら、林道を逃げて
ゆくゴンズイの後ろ姿に何ともいえない悲哀が漂った。二度と姿をみせるな!、私は願った。
しかし、ゴンズイは戻った。そして、再び人家に侵入した。もはや、山に戻せる状況ではなくなり、ゴンズ
イは野猿公苑に隔離収容され、孤独な生活を送ることになった。
牛ノ首に始まったゴンズイの10年は忘れがたい歴史になった。家に侵入された村人、隔離生活を余儀なく
されたゴンズイ、両者が被害者になった。奥山の生活環境の変化、山林と民家が隣接する地域の特性、村人
のやさしさ、ゴンズイ自身の個性…、要因はいくつもあるだろうが推測の域を出ない。ゴンズイには聞きた
いことが山ほどある。
文責、いそやまたかゆき